資本に意思を持つ会社は強い ―― 中小企業の経営者こそ知っておきたい「資本コスト」という考え方
余裕資金にこそ、経営者の甘さが出る
会社に少しお金が残るようになったとき、資金の使い方まで甘くなる。みなさんの会社では、そのようなことはないでしょうか。
資金繰りが苦しいときは、支払いや返済、固定費、入金時期に敏感になり、一つひとつの支出にも理由が求められます。限られた資金を前にすれば、優先順位は自然と厳しくなるでしょう。
ところが、手元資金に余裕が出てくると、「せっかくだから」「今ならできる」「試しにやってみよう」という言葉が判断に紛れ込みます。
金融機関から借りたお金には、金利と返済日があるため慎重になります。一方、自社で稼いで残したお金には、その厳しさが緩んでしまう。借入金の金利には敏感でも、自己資金の使い方には甘くなる。
ここに、中小企業経営の見えにくい落とし穴があります。
自己資本にも“見えないコスト”がある
過去の利益から蓄えた自己資金や、創業者や家族が出資したお金には、「自分たちのお金だから、金利はかからない」という感覚が生まれがちです。
しかし、利息の請求書が届かないことと、コストがないことは同じではありません。自己資本にも、目には見えないコストがあります。それを捉えるのが「資本コスト」という考え方です。
本来、資本コストとは、会社に資金を提供する人が求める最低限の収益率を指します。中小企業の経営に引き寄せれば、
「そのお金を事業に使うなら、最低限どれくらいの成果を求めるのか」
という、資金を投じる際の判断基準です。
たとえば、過去の利益から蓄えた1,000万円を新しい取り組みに使うとします。借入金ではないため、金利はかかりません。しかし、その資金は、既存事業のテコ入れや設備更新、人材採用、借入返済にも使えたはずです。
一つの用途を選ぶことは、ほかの可能性を見送ることでもあります。だからこそ、「ほかの選択肢がある中でもなお、この使い方を選ぶ理由はあるか」と問う必要があります。
ファイナンス理論には、株価や借入金の金利などをもとに、調達した資金から最低限どれだけの収益を生み出す必要があるかを計算する方法があります。代表的なものが、CAPMやWACCです。
ただ、未上場の中小企業には、自社の株価など計算の土台となるデータがないため、そのまま当てはめるのは現実的ではありません。これらの詳しい仕組みについては、別の機会に、一つのテーマとして取り上げたいと思います。
今回は、資金の使い道を比べるため、まず「投資額に対して、年間の利益がどれだけ増えるのか」を見ます。
たとえば、1,000万円を使ったことで、年間の利益が150万円増えるとします。この場合、投資額に対する利益の割合は15%です。
式にすると、次のようになります。
簡易期待リターン(%)
=投資によって増える年間利益÷投資額×100
ここでいう利益とは、新たに増える売上から、そのために必要となる人件費、広告費、外注費などを差し引いたあとに残る利益です。
これはあくまで最初の物差しであり、実際には、回収期間、その間の資金繰り、許容できる損失も併せて見ます。
資本の使い方には、経営者の意思が表れます。余裕資金をどこに使い、何を残し、何を後回しにしたのか。その積み重ねが財務体質をつくっていく。だからこそ、バランスシートは、経営者が重ねてきた意思決定の履歴でもあるのです。
“大きな赤字ではない”が判断を鈍らせる
たとえば、本業で利益が出てきた会社が、既存顧客向けの新サービスに1,000万円を投じたとします。売上は立っているものの、追加の人件費や外注費がかさみ、利益はほとんど残りません。既存社員の時間まで奪われ、本業の改善や営業活動も後回しになっています。
それでも大きな赤字ではないため、「将来のために、もう少し続けよう」と判断しやすくなります。
投資後には、自らの判断を正当化しようとする心理も働きます。ここで撤退すれば、それまでの投資が無駄になるように感じられ、成果が出るまで続けたくなるからです。
しかし、すでに使った1,000万円は、事業を続けるだけでは戻りません。
見るべきなのは過去の判断の正しさではなく、ここから追加する資金、人員、時間が、将来どれだけの価値を生むかです。
継続による期待価値が高ければ続ける。ほかの用途に経営資源を振り向けたほうが高い成果を期待できるなら、大きな赤字になる前に縮小・撤退する。それも、資本を守るための経営判断です。
投資後の検証は、過去の判断を責めるためではありません。次の資本流出を防ぎ、限られた経営資源を、より可能性の高い場所へ振り向けるために行うものです。
資本に意思を持つための4つの確認事項
資本コストを実務に取り入れるために、最初から精密な計算は必要ありません。まずは資金を使う前に、次の4つを確認します。
第一に、資金を今使う理由。
第二に、ほかではなく、その用途を選ぶ理由。
第三に、期待するリターンと、前進を判断する指標。
第四に、継続・縮小・撤退を決める条件。
この4つを説明できない投資は、経営判断として、まだ十分に熟していないのかもしれません。
ただし、計算式に数字を入れ、答えらしきものが出ても、判断まで客観的になったとは限りません。そこに入力する売上、利益率、成長率、回収期間の多くは、経営者自身が置いた仮定です。前提を都合よく設定すれば、計算結果も望む方向へ動かせます。
だからこそ、結果だけでなく、数字を置いた根拠や、想定が外れた場合の幅まで確かめなければなりません。楽観、標準、悲観の複数の想定を置き、どの前提が変われば結論も変わるのかを見る。
数字を持つこと以上に、数字を疑えることが大切です。
資本に意思を持つとは、求める成果と受け入れるリスクを、経営者が自分の言葉と数字で説明できる状態なのです。
資本の可能性を引き出す経営者へ
もちろん、すべてを数字だけで判断する必要はありません。人材育成やブランドづくりのように、成果がすぐ利益に表れない投資もあれば、数字では測りきれない価値もあります。
しかし、数字で測りきれない価値があることと、数字を見なくてよいことは別です。むしろ、数字に表れにくい投資ほど、経営者の意思と検証の基準が求められます。それらを持たない投資は、挑戦の姿をしていても、次第に博打へ近づいていくからです。
だからこそ、資本コストという物差しが必要になります。挑戦に理由と基準を持たせ、限られた資本を、より可能性の高い場所へ振り向けるための考え方です。
明日、まず一つだけ取り組むとすれば、直近1年で自社が大きく使った資金を棚卸ししてみてください。設備投資、採用、広告、システム、人材育成、新規事業。金額の大きいものから並べ、三つの問いで見直します。
その資金には、どのような期待リターンを想定していたのか。
実際に、その期待へ近づいているのか。
もし今から同じ判断をするとしても、もう一度その使い方を選ぶのか。
お金に少し余裕があるときほど、経営者の意思は試されます。
資本の可能性を最大限に引き出し、“強い企業”をつくる経営者とは、資金の使い方を問い直し、そこに最後まで意思を持ち続けられる経営者なのだと思います。
青木 永一

著者プロフィール
青木 永一|ベルロジック株式会社 代表取締役
経営学修士(MBA)。事業者向け金融の実務経験をもとに、
中小企業の経営改善、事業再生、管理会計導入、組織づくりを支援。
財務・法務の視点を活かし、経営者の意思決定を支える。
