「似て非なる」や「似ても似つかない」のまやかしに翻弄されないチカラと向き合い方
「似て非なる」とは、表面上は同じに見えて、その本質は異なるもののことを云い、一見同じように見えてしまう現象を肯定的に受け入れたうえで、その後に結論として否定を示している。
一方で、
「似ても似つかない」とは、のっけから断固否定であり、肯定的な受け入れが許容される隙は一切ない。
そこに、一瞬の誤解が許されるかどうかが相違点であり、主観であるため争点にもなり得る。
以下の場合、「似て非なる」なのか、「似ても似つかない」なのか、どちらだろうか。
・シンプルであることと、単純でしかないこと。
・スピードを求めることと、せっかちでしかないこと。
・平然を装うことと、無関心でしかないこと。
人によって意見は異なると思うが、まやかしに翻弄されないためには、どのようなチカラが必要なのだろうか。
おそらく、経験に基づいた観察力と知識に基づいた質問力ではないだろうか。なぜならば、これらは見かけの裏側に、構造をなした根拠があるかどうかを読み解くに必要なチカラだから。
自分がまやかされた場合ならば、その力が不足していたことの反省と備えることへの注力で済むが、よもや、相手が私に「まやかされた」と思うことがあれば、その信用が回復される可能性はゼロに近い。
確かな成果をなすため、自身に対する観察と質問の手を緩めず行動の改善に結び付け、まやかしとならないようにしたい。
とりとめもない自省録として。