「マーケティングって、市場調査なん?」息子の問いから始まった、経営のつながりの話
息子と就職活動の話をしていたとき、ふいに質問を受けました。
「マーケティングって、市場調査をすることなん?」
「市場調査はマーケティングの一部ではあるけれど、それだけでは答えにならない。端的に言えば、顧客から買ってもらえる仕組みづくり。そのために市場を調べることもある」
初めて考える入口としては分かりやすいだろうと思い、その仕組みが何によって成り立つのかまで、話を広げました。
マーケティングを単独では語れない理由
顧客から買ってもらえる仕組みをつくるには、まず、誰にどのような価値を届けるのかを決める必要があります。
何を自社の強みとし、どこで選ばれるのか。そのために、何をしないと決めるのか。それが戦略であり、分かりやすく言えば「勝ち筋」だと説明しました。
ただ、戦略にも前提があります。
会社は将来どこを目指し、数年後、どの市場で、どのような価値を提供していたいのか。中期経営計画は、その将来像を具体的な目標や施策へ落とし込むものです。
会社の方向を定め、勝ち筋を選び、顧客から選ばれる仕組みへ落とし込む。こう考えれば、戦略とマーケティングは切り離せません。
もっとも、この流れは一方通行ではありません。顧客や市場の反応を受け、戦略そのものを修正することもあります。マーケティングは、戦略を実行するだけでなく、その妥当性を問い直す材料も会社へ返しています。
戦略は、筋道と数字によって実現性を帯びる
戦略とは、誰にどのような価値を届け、何を強みに選ばれようとするのかという筋道です。
ただし、その筋道が経営者の頭の中にあるだけでは、組織は同じ方向へ動けません。なぜこの顧客を選ぶのか。自社が価値を提供できる根拠はどこにあるのか。どのような変化が現れれば、まずは成功と言えるのか。そこまで共有されて初めて、日々の判断に戦略が表れます。
一方で、筋道を言葉にしただけでは、実行できるのか、どの水準を目指すのかまでは見えてきません。
必要な資金はいくらか。いつから売上が生まれ、どの程度の利益を見込むのか。投じた資金を、いつまでに回収するのか。数字が曖昧なままでは、成功の基準も揃いません。
実行後に交わされる「そんなつもりではなかった」という言葉は、戦略をつくる段階から始まっているのかもしれません。
将来どこへ投資し、どう資金を用意するかを考えるところに、ファイナンスの役割があります。
財務会計が、これまでの事業活動を数字で捉えるものだとすれば、ファイナンスは未来の選択を考えるものです。一方、管理会計は、戦略の狙いを現場で確かめられる数字へ置き換え、想定と実績の差を次の判断へ返します。
同じ「事業を伸ばす」という方針でも、追うべき数字は同じではありません。新規開拓なら商談化率、既存顧客との取引を深めるなら一社あたりの継続的な利益、生産性向上なら人時利益を見ることになるでしょう。
何を成果とみなし、どの数字を追うかによって、現場の行動は変わります。
ここで私は、簿記を学ぶ意味にも少し触れました。簿記は、仕訳や経理処理のためだけの知識ではなく、財務諸表がどのような取引の積み重ねによってつくられるのかを知る入口でもあります。
売上を立てても、代金が売掛金として残っていれば、まだ現金は入っていません。利益が出ていても、手元の資金が増えているとは限らないでしょう。数字がどの事業活動から生まれ、会社に何を残したのかを追う。こうした「売上の先を見る習慣」が、自分の仕事を会社全体につなげる入口になると考えたのです。
戦略を動かすのは、人と組織である
会社の方向を定め、戦略と数字を揃えても、それだけで実行されるわけではありません。
誰にどの役割を任せるのか。どのような能力を求め、何を評価し、どう報いるのか。戦略が変われば、人材に求めるものや組織の形も変わります。
ITやDX、AIによって自動化できる仕事が増えても、何を仕組みに任せ、誰が判断し、結果に責任を持つのかという設計は残ります。
戦略を現場の行動へ変えるという意味で、人事と戦略は強くつながっています。
ここまで話し、少し広げすぎたかもしれないと感じました。息子が尋ねたのは、マーケティングの意味だったからです。
しかし、息子が強く反応したのは、その定義ではありませんでした。
息子は、「経験がないので、実際のところまで理解したとは言えない。それでも、想像の中にあった会社の風景は整理された」と話しました。正確には、整理されたというより、別々だったものがつながったのだと言います。
私の顔を見たかと思えば、ときおり宙を仰ぎ、頭の中でその関係を確かめているようでした。
部門は分かれていても、事業は分かれていない
会社は、仕事を進めるために、マーケティング、営業、人事、経理、財務といった部門を設けます。専門性を高め、役割を分けることには合理性があります。
しかし、会社では仕事を部門ごとに分けていても、事業そのものは分かれて動いていません。
マーケティング施策によって現場の仕事が変われば、必要な能力や評価にも影響が出ます。その結果は売上、利益、資金として表れ、次の投資や戦略判断へ戻っていく。どれか一つの領域だけで、事業は完結しません。
小さな会社が、すべての制度や仕組みを最初から同じ精度で整えるのは現実的ではないでしょう。人数も資金も限られるなかでは、経営者自身の判断に頼る場面があります。
ただし、経営者自身が判断することと、その場の思いつきで会社を動かすことは同じではありません。問題は、その判断が何に基づき、何を狙い、どの数字で確かめるのかが、組織に共有されていないことです。
とりわけ創業者が率いる会社では、戦略や判断基準が、経営者の頭の中に置かれたままになりがちです。経営者の中では判断がつながっていても、社員に個別の指示しか渡されなければ、その背景は見えません。
その判断基準が言葉にならないまま承継されれば、後継者も理由を説明できず、過去の方針や慣習だけを引き継ぐことになります。
経営者の中では一貫した判断が、社員には思いつきとして映ることもあるのではないでしょうか。
私たちは、仕事の意味まで伝えているだろうか
若手に仕事を教えるとき、私たちは手順や目標を伝えます。何を、どの順番で行い、どこまで進めれば完了なのか。仕事を覚えるためには必要です。
ただ、一度立ち止まって考えたいことがあります。
私たちは若手に、仕事のやり方は教えていても、その仕事が事業全体のどこにつながっているかまで伝えているだろうか。
目の前の仕事は、どの戦略から生まれたのか。その仕事によって、顧客や他部門に何が起き、最後にどの数字に表れるのか。
そこまで見えれば、状況に応じて判断できる範囲は広がります。
経営全体の地図を持つとは、すべての専門分野に詳しくなることではありません。
自分の仕事が何を受け取り、誰に何を渡し、どの数字に表れるのかを見る。
その一つ前と一つ先に目を向けることが、経営全体を捉える最初の一歩になるのだと思います。
青木 永一

著者プロフィール
青木 永一|ベルロジック株式会社 代表取締役
経営学修士(MBA)。事業者向け金融の実務経験をもとに、
中小企業の経営改善、事業再生、管理会計導入、組織づくりを支援。
財務・法務の視点を活かし、経営者の意思決定を支える。
