顧客側の事情から、購買が止まる場所を描いてみる
ある町工場が、自社の技術を生かした新しい業務用部品を開発したとします。
展示会では現場の技術者から評価され、サンプル依頼も入った。経営者が手応えを感じるのも自然です。
ところが、本発注にはなかなかつながらない。知名度が足りないのか、価格が合わないのか。そこで発信や営業活動を増やしてみたものの、期待したほど受注は伸びませんでした。
商談の流れをたどると、現場担当者は使いたいと思っていた一方で、社内には導入を判断する材料が足りなかった。品質の安定性、既存業者から切り替える理由、導入後に得られる効果などが、それぞれの関係者に届く形で十分に用意されていなかったのです。
誰かが強く反対していたわけではありません。それでも、関係者が判断できる材料を持っていなければ、商談は購入の手前で止まります。
使いたい人には届いていても、買う判断に必要な材料が、その先の関係者まで届いているとは限りません。
商品への評価と、購入まで話が進むことは、分けて見たほうがよさそうです。
ターゲットを決めたあとに、購買の動きを見る
誰に向けて商品やサービスを届けるのか。その対象を明確にすることは、マーケティングの出発点になります。
ターゲットが定まれば、商品設計、価格、店構え、コピー、営業資料の方向もそろいやすくなるでしょう。ペルソナも、関係するスタッフが顧客像を共有するうえでは役立ちます。
対象を絞っても、利用者や利用場面まで狭くなるとは限りません。ファミリー向けのレストランが、商談や仕事の場として使われることもあります。誰に向けて旗を立てるかと、その価値がどこへ広がるかは、分けて考えられるからです。
ただ、もう一つ見ておきたい点があります。
ターゲットとして描いた人物は、価値設計の中心にはなっても、その人が単独で購入を決めるとは限りません。
法人向けの商品では、使う人、情報を集める人、費用を見る人、承認する人が異なることも珍しくありません。こうした関係者のまとまりをDMUと呼びますが、実務で見るべきは、誰がどの判断に関わるかです。
現場担当者が高く評価していても、上司へ説明する資料がない。経営者が前向きでも、実際に運用する人の負担が見えていない。購買に関わる人が増えるほど、それぞれが必要とする判断材料も変わってきます。
個人向けの商品でも事情は似ています。新しくできた店に興味を持ちながら、価格が分からない、一人で入ってよいのか迷うといった理由で、店の前を通り過ぎる人もいるでしょう。
欲求がないのではなく、購入や利用を決めるための小さな根拠が足りないのかもしれません。
中小企業では「売れない」が一語に圧縮される
大企業では、広告、営業、商品開発、価格、顧客調査などを、それぞれの担当者が検討できる場合があります。仕組みが常に機能するとは限りませんが、売れない理由を分けて見る機会は持ちやすくなります。
一方、中小企業では、「思ったほど売れない」という結果を、社長や少人数のチームが引き受けがちです。
しかし、その結果に至るまでには、自社から見えにくい、いくつもの止まる地点があります。
そもそも知られていない。
違いが伝わらない。
価格に納得できない。
社内で説明できない。
納期や発注条件が合わない。
原因は違っても、企業側からは同じ「売れない」に見えます。
原因を分けないままでは、商品を変える、値段を下げる、広告を増やすと、広い範囲を一度に動かしたくなるでしょう。
限られた人数で動く中小企業ほど、「売れない」を一つの原因として扱わないほうが、次の一手を絞りやすくなります。
一方で、中小企業には、経営者と商品、営業、顧客との距離が近いという強みもあります。購買が止まった場所をつかめれば、説明資料や見積もりの示し方を変え、その修正を事業全体へ早く反映できるからです。
自社の販売手順ではなく、顧客の動きを描く
購買がどこで止まったのかを見るために、私は一枚の紙へ簡単なグラフを描く方法を勧めています。
横軸には、商品を知ってから購入や導入へ至るまでの時間や場面を置く。縦軸には、購入や導入に向けた判断が、どこまで進んでいるかを取ります。
そこへ、顧客側の事情をたどりながら、購買判断の軌跡を一本の線で描いていきます。
ここで描くのは、自社が売りたい順番ではありません。
商品を知って関心が高まり、価格を見て下がる。導入事例を読んで再び上がったものの、上司への説明が必要になったところで止まる。予算の時期が合わずに動かなくなり、設備の故障をきっかけとして検討が再開する場合もあるでしょう。
企業が用意した営業手順と、顧客の判断が進む順番は、必ずしも一致しません。顧客側には、予算、社内事情、家族の意見、ほかの優先課題など、自社では管理できない都合があるためです。
カスタマージャーニーに近い考え方ですが、精緻な表は必要ありません。どの場面で判断が動き、下がり、止まったのかが見えれば十分です。
新商品や新サービスを市場へ出す前なら、まず仮説として線を描きます。市場へ出した後は、問い合わせ、商談、失注理由、顧客の言葉をもとに引き直していく。
最初に描いた顧客像を守るための図ではありません。市場から得た事実によって、自社の見方を修正するための道具です。
施策より先に、起こしたい変化を置く
グラフには、自社の施策もピン止めできます。
ただし、「SNSを投稿する」「営業資料を送る」といった自社の行動を先に置くと、やりたい施策を並べただけの計画になりがちです。
その地点で、顧客の判断にどのような変化が起きれば、次へ進めるのか。まずは、そこから考えます。
自分に関係のある問題だと気づく。
商品の違いを理解する。
担当者が上司へ説明できる。
価格への不安が、導入後に得られる効果との比較へ変わる。
起こしたい変化が見えてから、事例資料、試作品、費用対効果の試算、導入手順などを置いていくわけです。
この図には、もう一つ役割があります。
会議で「価格が原因ではないか」「知名度が足りないのではないか」と意見が出ても、それぞれが購買の異なる地点について話していれば、仮説は並んでも、どこから手をつけるかは決まりません。
ペルソナが「誰を見るか」をそろえる道具だとすれば、この線は「購買のどの地点について話しているか」をそろえる道具になります。
何をするかを先に決めるより、その地点で顧客の判断がどう変われば次へ進めるのかを考える。
その順番のほうが、限られた施策を選びやすくなると、私は見ています。
商品全体を変える前に
新商品や新サービスが思うように売れなければ、商品そのものに問題があるのではないかと考えるのは自然です。実際に、商品や市場の選択を根本から見直したほうがよい場合もあります。
ただ、売れないという結果だけで、商品全体が否定されたと受け止めるのは早いかもしれません。
最近、思ったように進まなかった商談を一つ選び、顧客側の事情から購買の軌跡を描いてみる。誰が必要性を感じ、誰が評価し、どこから話が進まなくなったのか。その地点では何が不足し、何があれば次へ進めたのか。
止まった場所が見えれば、変えるべきものも具体的になります。
届ける相手を絞ることと同じように、売れない理由も絞っていく。その小さな分解が、中小企業の次の一手を大きく外さないための助けになるのではないでしょうか。
青木 永一

著者プロフィール
青木 永一|ベルロジック株式会社 代表取締役
経営学修士(MBA)。事業者向け金融の実務経験をもとに、
中小企業の経営改善、事業再生、管理会計導入、組織づくりを支援。
財務・法務の視点を活かし、経営者の意思決定を支える。
