家でも食べられるものに、人が並ぶ理由
休日になると、ツーリングの途中で、山中にある卵かけご飯屋に立ち寄ることがあります。
養鶏場が営むお店で、食堂と販売所が併設されています。人里から少し離れた場所にあり、近くに他のお店はありません。馬が飼育され、山の凛とした空気が漂う。そこに広がるのは、日常とは少し違う風景です。
それでも休日になると、近隣各地から車やバイクでお客さんが集まってきます。時間帯によっては、一時間ほど待つことも珍しくありません。
卵かけご飯は、家でも食べられます。
むしろ家のほうが、早く、安く、楽です。
それでも人は、わざわざ山中まで出かけ、待ってまで食べに行く。ここに、商売や経営における「選ばれる理由」のヒントがあるように思います。
そのお店では、販売所で卵を購入すると、卵かけご飯を手頃な価格で食べられます。さらに卵を買って帰れば、家でもその余韻が続きます。
卵そのものがおいしいことは間違いありません。養鶏場で買う新鮮さへの納得感があり、黄身の色も普段のものとはあきらかに違います。
ただ、正直に言えば、私は卵の違いを細かく語れる人間ではありません。
それでも、その場所で食べる卵かけご飯はおいしく感じます。
休日の朝に、山中まで向かう爽快感。
養鶏場直営という納得感。
元気で愛嬌のある店員さんの記憶。
卵を買って帰ったあとも続く体験。
それらが重なって、「また来よう」という気持ちになるのだと思います。
つまり、顧客は卵かけご飯だけを買っているわけではありません。休日の小さな非日常や納得感、帰宅後の余韻、そして誰かに話したくなる体験まで含めて買っているのでしょう。
もちろん、今の時代であれば、SNSや口コミの影響も大きいはずです。写真で見た卵かけご飯、山中まで出かけたという小さな物語、誰かが投稿した「よかった」という一言が、次の顧客の背中を押すこともあるでしょう。
ただし、SNSは価値を生むというより、価値を広げるものです。広げたくなる体験がなければ、投稿は一度の話題で終わります。
選ばれる理由は、顧客の中にある
おそらく、この養鶏場に専任のマーケターのような人はいないはずです。それでも、意図して設計されたものかどうかは別として、そこには顧客が集まる構造があります。
ただ、自然にできていることほど、言語化しなければ継続や横展開が難しくなります。なぜ顧客に届いているのかを言葉にできなければ、次の打ち手も見えてきません。
では、皆さんは自社の商品やサービスが、なぜ選ばれているのかを説明できるでしょうか。
「品質が良いから」
「便利だから」
「昔から付き合いがあるから」
もちろん、それらも理由の一部でしょう。ただ、そこで止めてしまうと、もっとも重要な「選ばれている理由」が見えていないかもしれません。
顧客は、品質や価格だけで判断しているわけではありません。そこには、納得感があるのか。気分がよくなるのか。記憶に残るのか。そうした奥まで見に行かなければ、選ばれている本当の理由は見えてこないのです。
マーケティングとは、乱暴に言えば、選ばれる理由を見つけ、磨き続けることです。
そのためには、まず自社が選ばれている理由を、顧客の言葉で説明できなければなりません。企業側が「これが強みです」と思っていることと、顧客が「だから選んでいます」と感じていることは、必ずしも同じではないからです。
ここを間違えると、差別化の方向もずれていきます。
差別化とは、意味のある違いをつくること
差別化とは、機能を増やしたり特徴を並べたりすることではなく、顧客が「だから選ぶ」と感じられる違いをつくることです。機能が多すぎることで顧客が迷うなら、差別化のつもりが、かえって判断しづらさを生んでいるのかもしれません。
差別化を考えるほど、何を足すかに意識が向きがちですが、過剰なサービスや機能が増えている今は、むしろ何を引くかのほうが大切な場面もあります。
大切なのは、顧客にとって意味のある違いになっているかどうかです。
これはBtoCだけの話ではありません。BtoBであれば、なおさら商機があります。
BtoBでは、面倒さが商機になる
BtoBの顧客は、多くの面倒を抱えています。
社内説明。
現場への導入。
導入後の運用。
こうした面倒を自社が担えれば、それは顧客にとって意味のある差になります。
社内説明が面倒なら、説明しやすい資料を用意する。導入後の混乱が不安なら、運用の手順まで設計する。簡単ではありませんが、「それは難しい」で止まらず、「では、どう越えるか」と言葉を変えたときに、知恵が集まり始めます。
BtoBでは感情より条件や仕様が優先される、という意見もあるでしょう。たしかに、価格、機能、納期、実績などが一定水準に届かなければ、そもそも候補に入りません。
しかし、それだけで選ばれ続けるとは限らないのです。とくに継続取引では、条件以外の印象がじわじわ効いてきます。
おそらく多くの人が、仕事の中で一度や二度は「この人、感じが悪いな」と思った経験を持っているはずです。その瞬間に、「できれば別の人にお願いしたい」「次は違う会社も検討しよう」と感じたこともあるのではないでしょうか。
私自身、ある社労士事務所とのやりとりで、担当者の変更をお願いしたことがあります。必要な処理はしていたのかもしれませんが、こちらの事情に寄り添う様子がなく、不信感が積もっていきました。
「この事務所に任せ続けてよいのだろうか」という感覚は、最後には「もう嫌だ」に近いところまで行ってしまうことがあります。
「好き」は経営資源である
BtoBであっても、最後に判断するのは人です。条件や仕様が満たされていても、「この人とは仕事がしづらい」と感じれば、それは取引を続けるうえでのリスクになります。
やがて継続率、紹介、追加受注にも影響する、経営上の見過ごせない要因です。
人の対応は、商品やサービスの一部であり、顧客はそこまで含めて一つの体験として受け取っています。
相談しやすい。
話が早い。
事情をわかってくれる。
そうした信頼の積み重ねを考えると、「好き」は経営資源です。
だからこそ、好意を偶然や個人の愛嬌に任せてはいけません。顧客の面倒を減らし、不安を先回りし、接点となる人の印象まで整える。そこまで含めて、組織として設計すべき経営課題なのです。
では、自社が選ばれている理由をどう見つければよいのでしょうか。
顧客に聞くなら、「なぜ買ってくれたのですか」よりも、「他にも選択肢があった中で、最後の決め手は何でしたか」と聞いたほうが、本音に近づきます。
ただし、一人の顧客の言葉をそのまま答えにしてはいけません。顧客自身も、自分がなぜそれを選んだのかを正確に説明できるとは限らないからです。
人はいつも、理屈だけで選んでいるわけではありません。
安心したい。
損をしたくない。
面倒を避けたい。
表向きには語られない、そうした感覚が最後の決め手になっていることがあります。
だからこそ、複数の顧客の言葉を重ね、共通点や違和感を拾い、行動と照らし合わせる必要があります。そこで見えてくるものは、あくまで仮説です。
大切なのは、早く立て、試し、反応を見て、改善することです。顧客の心理を見ないまま広告や営業トーク、機能追加に走るほうが、結果として遠回りになることがあります。
その意味では、急がば回れです。
山中の卵かけご飯屋に戻ると、あのお店が選ばれている理由は、おそらく一つではありません。
卵がおいしい。
新鮮さへの納得感がある。
山中まで行く非日常がある。
買って帰ったあとも余韻が続く。
元気で愛嬌のある店員さんが記憶に残る。
これらが重なって、「また行きたい」という気持ちになります。
仮に、顧客接点の要となる人が無愛想で、面倒くさそうに対応していたら、卵は同じでも印象は大きく変わるはずです。
ラストワンマイルには、やはり人が介在します。
ただし、それを個人任せにしてはいけません。記憶に残る接点を言葉にできて初めて、組織の力になります。
おわりに
最後に、あなたの会社の商品やサービスについて考えてみてください。
顧客は、何を買っているのでしょうか。
商品そのもの、価格や機能かもしれません。しかし実際には、安心、面倒の少なさ、説明のしやすさ、「この人と仕事をすると進めやすい」という感覚まで含めて選ばれていることがあります。
だからこそ、「おいしいから」「安いから」「便利だから」で終わらせないことです。それは入口ではあっても、選ばれ続ける理由のすべてではありません。
難しい言葉で飾るほど、顧客の実感から離れていきます。
顧客が使う言葉で、顧客が「そうそう、それ」と言えるところまで戻す。
そこまでできたとき、営業も、商品改善も、人材育成も、少しずつ筋が通り始めます。
売れる理由は、商品の中だけではありません。
顧客の面倒や記憶、最後に接した人の印象の中にあり、時には誰かに話したくなる体験の中にこそ、選ばれる理由が隠れているのです。
青木 永一

著者プロフィール
青木 永一|ベルロジック株式会社 代表取締役
経営学修士(MBA)。事業者向け金融の実務経験をもとに、
中小企業の経営改善、事業再生、管理会計導入、組織づくりを支援。
財務・法務の視点を活かし、経営者の意思決定を支える。
