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チャンスを掴んだ会社は、なぜ静かに沈んでいったのか

はじめに

もう何年も前のことですが、金融業時代に見た倒産の中で、今でも忘れられない会社があります。

 

当時の私は、貸付金の管理と回収を担当していました。その立場で関わったある会社の経緯と、そこで重ねられた判断には、今も引っかかるものが残っています。

 

今回はその記憶をたどりながら、人の振り見て我が振り直せの材料として書いてみたいと思います。

 

忘れられない一社の倒産

仮にこの会社をW社とします。従業員は10名ほどで、その多くがパートスタッフでした。化粧品を製造する小さなメーカーで、年商は1億3000万から1億5000万円ほどだったと記憶しています。

 

工場は、関西の住宅都市にある駅近くの雑居ビルの一角にありました。外から見れば、そこが製造現場だとは分かりにくい場所です。決して余裕のある環境ではありませんが、その規模であれば、何とか日々の業務は回っていたのだと思います。

 

経営に関わっていたのは、60代を過ぎた女性社長と、その息子でした。特別に組織だった経営というよりは、親子を中心に会社が回っている、よくある中小企業の姿です。

 

そんなW社には、大手企業M社との取引がありました。社長は何度も東京へ足を運び、そのたびに厳しい条件や価格競争の話をしていたのを覚えています。大手との取引ですから、売上の魅力がある一方で、立場の差から来る圧力も当然あったのでしょう。

 

そしてあるとき、そのM社から、既存商品の仕様を一部変更したうえでの増量発注、いわゆるOEM供給の話が持ち上がりました。数量は、これまでの延長線上というより、もう一段上の規模でした。

 

社長はよく、

「売上が倍増になるの」

と口にしていました。

小さな会社にとって、それは極めて大きな話です。むしろ、この状況で前向きに検討しない方が不自然だったかもしれません。

 

ただ、本当に問われるのは、そのあと何をどう進めたかです。

 

売上倍増の裏で、何を見落としたのか

この受注に対応するため、W社は銀行から約2000万円の融資を受け、設備投資と人員増強を一気に進めました。社長と息子が連帯保証人となり、体制を整えようとしたわけです。

 

表面的に見れば、受注拡大に向けた順当な動きです。実際、当時の私もその重さを十分には分かっていませんでした。売上が倍になるのなら、返済も何とかなるのではないか。その程度の理解だったのです。

 

しかし今振り返ると、この一手はかなり重かったと思います。

 

問題は、設備投資そのものではありません。

 

不確実性の高い倍増受注に対して、段階的な検証を挟まず、いきなり固定費を大きく増やす形で対応したことです。

 

本来であれば、一部工程の外注化、既存設備の稼働率の引き上げ、納品数量や在庫条件の段階調整など、比較すべき選択肢はいくつかあったはずです。

 

どれが正解だったかは簡単には言えません。ですが少なくとも、「どの形なら崩れにくいか」を見ないまま走り出したことは危うかったと思います。

 

売上を取りにいくこと自体は必要です。ですが、守りの設計がない攻めは、経営では無鉄砲になりがちです。

 

この時点でW社は、すでに後戻りしにくい状態へ入り始めていたのではないでしょうか。

 

現場は拡大に耐えられなかった

受注後、現場では徐々に歪みが出始めます。

 

設備の増設によって、ただでさえ手狭だった工場内の動線はさらに悪化し、作業効率は落ちていきました。人員増加に伴って教育の問題も顕在化します。人が増えれば作業のばらつきが生じ、役割の曖昧さや現場での独自判断によるトラブルも起こりやすくなります。

 

しかも今回は、単品の単純な増産ではなく、複数製品の増量受注だったと記憶しています。工程全体の複雑さが一気に増したにもかかわらず、それを前提にした準備が十分だったようには見えませんでした。

 

一つ一つを取り上げれば、手の打ちようがない話ではなかったはずです。設備配置の見直し、役割分担の明確化、教育の段取り、数量や納期の再調整、資金繰りの再確認。どれも本来、対処不可能な課題ではありません。

 

ですが、それらが同時に重なり、大手との取引条件の下で時間的余裕まで失っていくと、会社は急速に不安定になります。

 

会社を沈めたのは、一つの大きな失敗ではありません。

意思決定、行動、コミュニケーション。その小さなズレが積み重なった結果だったのだと思います。

 

会社を沈めたのは、売上ではなく構造だった

ここで見落とせないのが数字です。

 

人や材料を投下して物をつくる仕事では、売上の増加だけを成長の証拠とは見なせません。

粗利率がどこまで下がると危険なのか。
その低下を数量でどこまで補えば安全圏にとどまれるのか。
そこをあらかじめ見ておく必要があります。

 

化粧品は、一見すると原価率が低いように見えるかもしれません。ですが、小さなロットを主軸に扱う会社では、包装資材、物流、試作、やり直しといった負担がじわじわ効いてきます。大手先との打ち合わせや品質調整に伴うコストも軽くありません。

 

そこに単価低下や販売不振による在庫滞留まで重なれば、損益分岐点は跳ね上がり、黒字化は一気に難しくなります。

 

設備投資と人員増強を重ねたあとの固定費は、感覚に頼る経営者が思うより、はるかに重くのしかかります。しかも、拡大前から借入がまったくなかったとは考えにくい。仮に利益が出ていても、返済があれば、その分だけキャッシュは外へ出ていきます。

 

企業の規模にかかわらず、利益と手元資金が一致しないことは珍しくありません。この会社もまた、表面上は回っていても、資金的な余力はそれほど大きくなかったのではないかと思います。

 

つまり、余裕のある状態で拡大に入ったのではなく、もともと薄い余白の上に、さらに設備と人を積み増した可能性が高いわけです。

 

じわじわと沈んでいった会社

目立った倒産の引き金が、どこかに一つあったわけではありません。

 

実際には、収支が合わない状態が一年足らず続き、手元資金は少しずつ痩せていった。その結果として給与の遅れが起こり、数名が急に辞め、現場の維持はさらに難しくなっていきました。派手な破綻ではなく、じわじわと、それでも確実に沈んでいく過程だったと記憶しています。

 

当時はまだ手形取引が活発で、W社もその中で手形を使っていました。ある日、情報センターから届く不渡り情報の中に、突然W社の名前が出ていたのです。

 

私は反射的に貸付金の回収のため工場へ向かいました。ところが、そこにはもう人の気配がありませんでした。ガラス越しには在庫の山が無造作に積み上がっており、その光景だけが今でも鮮明に残っています。

 

自宅マンションも、もぬけの殻でした。

数日後には弁護士からの委任通知が届き、その後ほどなくして破産となりました。

 

 

こう書くと、読む側は簡単に評論家になれます。
「そんなもの最初から無理だった」「もっと慎重であるべきだった」と言うのは容易い。ですが、私はそう短く片づけるべきではないと思っています。

 

本人も、その瞬間その瞬間では、何とか持ちこたえようとしていたはずです。ここを越えれば回るようになる。そう考えて動いていたのではないでしょうか。

 

みなさんにも、これまでに何とか持ちこたえた局面があったはずです。おそらく当時の本人にとっても、その感覚は大きく違わなかったのだと思います。

 

なぜ途中で止められなかったのか

では、なぜ途中で止められなかったのか。

 

私が大きかったと考えるのは、重要な分岐点で反論を出し、その反論に対する補強策まで考えられる人がいなかったことです。

 

社長には息子がいました。実直な方だったとは思います。ですが、数字と現場の両面から状況を検証し、ピンチの局面で経営を立て直していく役割を担えていたかといえば、そうではなかったように見えます。

 

実質的には、一人で経営していたのに近かったのではないでしょうか。

 

完璧な予測は不要です。

ですが、最低限の試算すらしないまま進むことは、危うさに気づく機会を自分から手放しているに等しいと思います。

 

損益分岐点はどこか。固定費はどこまで増えているのか。返済が始まったとき、資金はいつまで持つのか。こうした前提でいくつかのパターンを想定しておくことは、本来それほど難しいことではありません。

 

だからこそ、それを確認しないまま進むのであれば、問題は知識の不足というより、向き合い方にあるのだと思います。

 

そしてもう一つ、経営者の器が問われるのは、反論を受け入れられるかどうかです。

 

多くの人は、他人の経営であれば危うさを比較的冷静に見られます。ところが自分の経営になると、都合の悪い兆候ほど「今はそういう時期だ」と意味づけて、そのまま進めてしまいがちです。

 

見えていないのではなく、どこかで正面から見ないようにしている。
そして他人からの反論に対しても、持論を重ねて正当化してしまう。経営の現場では、そうしたことが決して珍しくありません。

 

私は直感そのものを否定するつもりはありません。むしろ、日々の数字を見ながら現場を回す中で培われる肌感覚は、経営において重要な力だと思います。

 

ただし、後から合理的な根拠を語れない直感は、経営では思いつきに近いものです。狙ったうえで非合理に踏み込む判断もありますが、それは経験や知見を踏まえたうえで筋道が通っている場合に限られるでしょう。

 

多くの場合、数字も反論も経ない勢いは、成長ではなく膨張になりやすいのです。

 

おわりに

拡大の局面では、機会に敏感であり、それを果敢に取りにいくことも大切です。
ですが、それ以上に重要なのは、その機会を崩さずに回し続けられるかどうかではないでしょうか。

 

計画し、数値で状態を検証し、第三者と自分自身の両方から反論を引き出しながら修正していく。
それができて初めて、拡大は会社の力になります。

 

 

いま、あなたが見ないようにしている問題はありませんか。

 

次の拡大に入る前に、何を見落としてはいけないのか。
今のうちに、それを明らかにしてみませんか。

 

勢いに流されるのではなく、数字と反論、反証を土台にして、その機会を着実な発展につなげていただければと思います。

 

青木 永一