売上の理由を書き換えよ――変化の時代に問われる、企業の進化条件
はじめに
毎週参加している学習会で、友人がSaaS業界について発表してくれました。(※ SaaSとは、企業がソフトウェアを買い切るのではなく、インターネット経由で継続利用するサービス形態のことです。)
その発表では、継続課金や低解約率によって高く評価されてきたSaaSが、いまは成長率だけでなく、収益性や実質的な価値維持を厳しく問われるようになっている、という話がありました。
そこにAIの進化も重なり、機能の価値や課金の前提も見直され始めています。
ただ、その話を聞きながら感じたのは、これはSaaS業界だけの問題ではない、ということでした。
Web制作や広告業界でも似た構造は繰り返し起きてきましたし、製造業を含め、他の業界でも同じ問いは避けられないはずです。
技術や市場の追い風があるうちは、「何を提供しているか」だけでも価値として受け止められやすいものです。しかし市場が成熟し、技術が一般化してくると、「その提供は顧客の何を変えているのか」が問われるようになります。
本コラムでは、この変化を業界を越えて繰り返される経営の構造として捉え直します。
売上の理由が問い直される時代
SaaSは、継続利用によって価値を発揮し、安定収益を生むモデルとして評価されてきました。Salesforce、Slack、freeeのようなサービスが日常業務に組み込まれていることは、その分かりやすい例です。
しかし現在、問われ方が変わっています。
契約が続いているかどうかではなく、その継続にどれだけ実質的な価値が伴っているのか。導入されていることと、業務や意思決定の改善が結びついているのか。
つまり、使われていることと、価値が生まれていることは同じではない、という点が問われ始めています。
これはSaaSに限りません。価値と対価の関係が曖昧なまま拡大してきた事業であれば、どの業界でも起こり得る変化です。
製造業でも同じです。顧客が求めているのは、製品そのものではなく、安定供給、工程短縮、不良率の低減、調達負荷の軽減かもしれません。
何に対して対価が払われているのかによって、売上の意味は変わります。
つまり、見直されているのは表面上の提供物ではなく、売上が成立している理由そのものです。
売上は何でできているのか
ここで一度、売上の見方を整理しておきます。
売上は、必ず何らかの成立理由を持った結果です。一般に売上は「単価 × 客数」で捉えられますが、これは数量管理に有効な見方です。
ただ、それだけでは「なぜその売上が成立しているのか」までは見えてきません。そこで本稿では、売上を次のような構造として捉えます。
売上 = 顧客の欲求 × 提供価値 × 課金構造
・顧客の欲求:顧客は何を求めているのか
・提供価値:その期待に対して、どのような価値を提供しているのか
・課金構造:その価値に対して、どのように対価を受け取っているのか
この三つが噛み合って初めて、売上は成立します。
たとえばサブスクリプション型のサービスでは、顧客は単に機能があるからお金を払うのではありません。どのような場面でそれを必要とし、使い続ける意味を感じ、その結果として価値を実感できるからこそ、支払いが続きます。
製造業でも、顧客が買っているのは、部品や製品そのものだけとは限りません。安定した品質や供給、設計変更への対応力に対して対価が払われていることもあります。
アイドルグループでも同じで、ファンが買っているのは歌やグッズそのものだけではなく、応援する意味や関係性まで含んだ価値です。
つまり、顧客が買っているものは、表面上の提供物だけとは限らない、ということです。
企業の売上も同じです。
表面上の提供物だけを見ていると、本当の対価の根拠を見誤ります。
だからこそ、まず問うべきことは、
この売上は、何に対する対価なのか。
その対価は、顧客の何を変え、なぜ払われているのか。
ではないでしょうか。
成果に向き合うとは何か
SaaSやWebマーケティングの分野では、「顧客の成果にコミットする」という言葉を掲げる企業も少なくありません。。
ただし、成果は外部の提供者だけで生み出せるものではありません。顧客側の実行力や社内体制、市場環境も関わるからです。
では、外部の提供者は何に向き合うべきなのでしょうか。
私は、成果そのものを約束することではなく、成果が出やすくなる構造に責任を持つことではないかと考えています。
たとえば、導入の条件、運用のしやすさ、現場への定着、振り返りや改善の仕組み。製造業であれば、量産移行のしやすさや、調達・保守の負荷まで含まれるでしょう。
こうした部分には、外部の提供者でも責任を持つことができます。
Web制作や広告の現場でも、以前から「顧客の課題に踏み込むべきだ」と言われてきました。しかし実際には、制作物や運用の提供にとどまり、成果構造への関与は限定的なことも少なくありません。
もちろん、すべての会社が同じ深さで関わる必要はありません。ただ、どこまで関わるのかが曖昧なままだと、価値も対価の根拠も曖昧になります。
ここで問われているのは、踏み込みの深さではなく、どこまでを自社の責任範囲として定義するのか、という設計です。
進化とは何か
価値が特定の商品、機能、担当者に集中している状態では、その前提が崩れた瞬間に売上の理由も崩れます。
製造業でいえば、特定の熟練者や特定の取引先、特定の技術に依存している状態に近いでしょう。
重要なのは、価値がどこに宿っているのかを見直し、それを持続可能な形に再設計することです。
ここまでを踏まえると、進化とは、売上の理由を意図的に書き換えることだと言えます。
ただし、進化は意思だけで起きるものではなく、条件が揃って初めて現実になります。なぜなら、企業の売上は既存の構造に支えられているからです。
たとえば、「機能を提供すること」に対して対価を得ていた会社が、「顧客の成果が出るところまで関わる」ようになれば、商売のやり方は変わります。価格のつけ方、必要な体制、顧客との役割分担まで見直す必要が出てくるからです。
製造業でも、受託から工程改善まで担う立場に移れば同じことが起こります。
これは、提供内容の一部を変える話ではありません。何を価値とし、何に対して対価を得るのかという、商売の定義そのものを変える話です。
だからこそ、進化を現実のものにするには、技術や環境の変化を取り込み、収益の取り方を見直し、価値の定義を更新していく必要があります。
そのとき問われるのは、「自分たちは何屋か」という答えを、いまのまま固定してよいのかということではないでしょうか。
最初の一歩
最初の一歩はシンプルです。自社の主力となる売上をひとつ取り上げ、その成立理由を言葉にしてみることです。
・この売上は、何に対する対価なのか。
・その対価は、顧客の何を変え、なぜ払われているのか。
・この売上は、5年後も同じ理由で成立しているのか。
そしてもう一つ。
・顧客のその後を、どこまで追いかけているのか。
契約が続いていることと、価値が維持されていることは同じではありません。
納品が終わっていることと、顧客の成果につながっていることも同じではありません。
さらに言えば、いま売上をつくっている要素を一つ取り上げ、そこに意図的に違和感を持ち込んでみることも有効です。
技術が変わったとき、その価値はそのまま残るのか。
環境が変わったとき、その課金の根拠は通用し続けるのか。
その問いから逃げずに向き合うことが、進化の出発点になるのではないでしょうか。
このコラムが、自社の売上がどんな理由で成り立っているのかを考える機会になれば嬉しく思います。
青木 永一
