経営にも「三平方の定理」がある
三平方の定理を、経営の補助線として見る
三平方の定理、いわゆるピタゴラスの定理を覚えているでしょうか。
直角三角形において、斜辺の二乗は、他の二辺の二乗の和に等しい。
式で表せば、
a² + b² = c²
という、あの定理です。
もちろん、ここで数学の話をしたいわけではありません。
ただ、組織体制や役割、制度の設計と運用、販売にともなうSNS戦略などを考えているときに、ふとこの直角三角形の形が頭に浮かぶことがあります。
企業の中にある要素が、ばらばらではなく、ひとつの構造として整ったとき、その会社の輪郭が急に強くなるような感覚があります。
それだけで業績が急激に伸びるわけではありません。
けれども、何を支えにして、何を市場に向けて立てているのかが整うと、会社の動きには安定感が出ます。
もちろん、経営が数式どおりに動くわけではありません。
それでも、底辺と旗印が直角につながったとき、その二つは単に足されるのではなく、二乗されて斜辺に効いてくる。
そんな感覚があります。
会社にも、底辺と旗印がある
企業にも、底辺にあたるものがあります。
それは、会社を根底で支えている成功要因です。
たとえば、立地、製造力、物流網、教育体制、オペレーションの標準化、資金繰り、商品開発力などです。
経営用語でいえば、KSF(Key Success Factor:主要成功要因)に近いものです。
一方で、市場に向けて立てる旗印があります。
これは、顧客がその会社を選ぶ理由です。
価格に安心感がある。
品揃えが豊富である。
手軽でおいしい。
こうした、顧客が認識しやすい言葉にまで翻訳された価値です。
経営用語でいえば、KBF(Key Buying Factor:購買決定要因)に近いものです。
KSFという底辺の上に、KBFという旗印が無理なく立っている。
私はその状態を「直角」と捉えています。
百円ショップを例にすると、底辺には安く提供する仕組みがあります。
生産コストを抑える工場体制、大量生産や大量仕入れ、物流網、商品開発、店舗展開力。こうしたものが、価格や品揃えの豊富さを支えています。
しかし、顧客にとって大切なのは、安く作れる仕組みそのものではありません。
その仕組みによって、自分にどのようなメリットがあるのかです。
顧客に届く旗印は、「価格への安心感」や「ちょっとした消耗品なら、まず百均でよい」という分かりやすい認識です。
企業の内側にある強みは、そのままでは顧客に届きません。顧客に伝えるべきなのは、社内の努力そのものではなく、その努力によって得られる便益です。
この翻訳ができて初めて、底辺から旗印が立ちます。
ファミリーレストランに見る、底辺と旗印の関係
ここからは、ファミリーレストランを主な例として考えてみます。
ファミリーレストランの旗印は、名前の通り、まずはファミリーに向けられています。
家族で入りやすい。
メニューが幅広い。
席に余裕がある。
価格と味のバランスが読める。
これらは、顧客が認識しやすい価値であり、ファミリーレストランにおけるKBFです。
しかし、その旗印は、会社がそう言えば立つものではありません。
その下には、いくつもの底辺があります。
好条件の立地を確保する出店力。
それを可能にする不動産情報や商圏を見極める力。
教育体制やマニュアルによるオペレーションの標準化。
センターキッチンによる品質の安定。
リーズナブルな価格を保つための仕入れ力と配送網。
これらは、顧客にそのまま伝えるものではありません。
けれども、これらがあるからこそ、
家族で入りやすい。
使い勝手がよい。
価格と味のバランスが読める。
という旗印が市場に立ちます。
ここで大切なのは、旗印を立てることが、必ずしも顧客を狭めるわけではないということです。
ファミリーレストランは、ファミリーに向けた旗印を立てています。
しかし実際には、昼間の商談、資料作成、学生の勉強、ひとり時間、ノマドワーク、待ち合わせにも使われています。
これは、用途を広げようとして旗印をぼかした結果ではありません。
「家族で入りやすい場所」という入口が明確だったからこそ、別の場面でも思い出されるようになったのです。
家族で入りやすい場所は、裏を返せば、極端に入りにくい場所ではありません。
席に余裕があれば、資料を広げたり、少し長く話したりする余地もあります。
価格と味のバランスが読めることは、食事だけでなく、打ち合わせや作業にも使いやすいということです。
旗印が明確になるほど、利用者が限定されるのではなく、むしろ利用場面が広がることがあります。
入口が明確だから、応用される。
市場に認識されるから、別の場面でも思い出される。
旗印が曖昧な会社は、思い出されにくい
この点は、小さな会社ほど意識した方がよいと思います。
何でもできます。
誰にでも対応します。
どんな要望にも応えます。
一見すると間口が広いように見えます。
しかし、顧客からすると、何をきっかけに思い出せばよいのかが分かりにくくなります。
旗印が曖昧な会社は、顧客に思い出されにくいのです。
反対に、底辺が弱い、あるいは狭いまま高い旗印を立てると、経営は不安定になります。
仕入れ力がないのに、低価格を打ち出す。
教育体制がないのに、接客品質を売りにする。
開発余力がないのに、商品ラインナップの多さを訴求する。
資金繰りに余裕がないのに、継続的な新サービスを約束する。
この場合、旗印は一時的に目立つかもしれません。
しかし、底辺が支えていなければ、いずれ現場に無理が出ます。
ファミリーレストランでいえば、立地が悪く、席も狭く、提供も不安定で、価格と味のバランスも読めないにもかかわらず、「家族でゆっくり過ごせる」と打ち出しているようなものです。
旗印は立っているように見えても、底辺が支えていなければ長く持ちません。
三平方の定理でいえば、底辺と立ち上がる線が直角になっていない状態です。斜辺が安定して乗らず、成長力や市場での存在感も構造として安定しないのです。
小さな会社ほど、自社の三角形を点検する
私はこれまで、複数社の事業の立て直しや、業務改善、社内環境の整備などに関わってきました。
すべてがうまくいったわけではありません。むしろ、日々の忙しさの中で、こうした思考が後回しにされる場面を多く見てきました。
現場は忙しい。
理屈よりも、目の前の作業を回すことが優先される。
しかし、どの会社にも、その会社を支えているKSFは必ずあります。
それを見ないまま、「うちは小回りが利く」「丁寧に対応している」「長年のお客様が多い」といった言葉で済ませてしまうことがあります。
問題は、それらの言葉が間違っていることではありません。
それが何によって支えられ、顧客にとってどのような価値になっているのかまで掘られていないことです。
小回りが利くと言うなら、その小回りは何によって生まれているのかを掘る必要があります。
意思決定の早さなのか。
現場に任せられる裁量なのか。
協力先との関係の強さなのか。
そこまで見えて初めて、底辺(KSF)が見えてきます。
そのうえで、顧客に対しては「早く対応できる」「柔軟に相談できる」「任せやすい」という旗印(KBF)に翻訳されます。
小さな会社では、自社の底辺が何か、旗印が何かが共有されていないことがあります。
むしろ、経営者自身が分かっているつもりで、言葉にできていないことも少なくありません。
その状態では、SNSの発信も、販売活動も、商品開発も、少しずつ場当たり的になります。
努力していないわけではありません。むしろ、日々忙しく動いている。
それでも成果が安定しないときは、努力の量ではなく、三角形の形を見直す必要があるのかもしれません。
自社を支えている底辺は何か。
市場に向けて立てている旗印は何か。
その二つは、いま目指している成長に対して、直角につながっているか。
三平方の定理を経営に持ち込むなど、少しこじつけのように聞こえるかもしれません。
私自身も、これは一種の数学あそびだと思っています。
ただ、単なる遊びとして片づけるには惜しい見方でもあります。
KSFやKBFという言葉は、経営を学ぶうえでは有効です。
しかし、日々の現場でいつでも思い出せるかというと、少し距離があります。
その点、直角三角形なら思い出しやすい。
底辺があり、そこから旗印が立ち、斜辺が伸びる。
あなたの会社は、何に支えられ、何で思い出されているでしょうか。
一度、紙に描いてみるだけでも、自社の三角形は見えてくるはずです。
青木 永一

著者プロフィール
青木 永一|ベルロジック株式会社 代表取締役
経営学修士(MBA)。事業者向け金融の実務経験をもとに、
中小企業の経営改善、事業再生、管理会計導入、組織づくりを支援。
財務・法務の視点を活かし、経営者の意思決定を支える。
