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売上目標だけでは、人は動けない —— 小さな会社のための「予測財務諸表」の取り扱い方

「売上を伸ばそう」で現場が動くなら、誰も苦労しない

中小企業の経営会議や日々の打ち合わせで、「来期は売上を10%伸ばしたい」という話が出ることがあります。

 

経営者であれば、売上を伸ばしたいと考えるのは自然です。利益、社員の待遇、借入返済、将来投資を考えれば、なおさらでしょう。

 

ただ、「売上を伸ばそう」で現場が動くなら、誰も苦労しません。

 

その10%は、どの商品で増やすのか。既存顧客から生まれるのか、新規顧客を取りにいくのか。単価を上げるのか、数量を増やすのか。そのためには、どれくらいの商談数が必要になるのか。

 

ここが見えないまま数字だけが置かれると、経営者にとっては目標でも、現場には単なる掛け声に聞こえてしまうことがあります。

 

現場が不真面目なのではありません。何をどう変えればよいのかが見えないために、結局は目の前の作業に戻ることで安心しようとします。

 

私の実感では、従業員20名未満程度の会社ほど、このズレが起きやすいと見ています。社長の頭の中にある構想が、そのまま会社全体の方針になっていることも少なくありません。社長は具体的に考えているつもりでも、社員には「今年はもっと売るらしい」「利益を残したいらしい」と、どこか他人事のように届いている場合があります。

 

この状態でPDCAを回そうとしても、なかなか噛み合いません。作業改善や営業活動の振り返りは行われていても、その上位にあるはずの「会社として、どこへ向かっているのか」が共有されていなければ、現場の努力は日々の忙しさの中に吸収され、手ごたえのない反復作業に近づいていきます。

 

そこで考えたいのが、予測財務諸表の取り扱い方です。

 

予測財務諸表は、社長の見立てを数字にする道具である

小さな会社で予測財務諸表を使う入口は、整った資料づくりよりも、社長の頭の中にある見立てを数字に置き換え、経営判断に使える形にするところにあります。

 

どの売上を伸ばし、そのために人、外注、仕入れ、在庫、回収の動きがどう変わるのか。こうした流れを一つの表に落としていくと、社長が感覚的に描いていた計画の輪郭が見えてきます。

 

売上だけを見れば勢いのある計画に見えても、粗利、人件費、外注費、在庫、売掛金、そして借入返済まで並べてみると、はじめのうちは、どこかに無理や抜けが見つかることのほうが多いものです。

 

売上目標には、多少の背伸びが入ります。問題は、その差を埋める理由が見えているかどうかです。新しい販路、既存顧客の購入頻度、値上げの可能性などが見えないまま売上だけを積むと、計画は少しずつ単なる希望に近づいていきます。

 

予測財務諸表は、社長の計画を実態に照らし、「本当に回るのか」を確かめるための道具です。

 

小さな会社は、全部を細かく予測しなくていい

従業員20名未満程度の会社で、決算書の勘定科目を一つひとつ細かく予測しようとすると、たいてい途中で重たくなります。項目や前提が細かくなりすぎると、更新されず、誰も見ない資料になる。これが、実務でよく起きるオチです。

 

予測財務では、細部の精密さより、会社の売上、利益、資金繰りを大きく動かす要因を押さえることが先になります。つまり、自社にとってのキードライバーを見落とさないことです。

 

売上と粗利だけを見ていれば十分な会社もあれば、在庫と回収サイトを見ないと危ない会社もあります。人件費の増加が先に来る会社もあり、広告費を投下してから売上が立つまでに時間がかかる会社もある。きれいに全部を埋めるより、自社にとって外すと危ない項目を押さえるほうが、実務では大事になります。

 

そのためには、数字の前に、まず市場、顧客、競合、自社の状態を見ておく必要があります。顧客が自社から買う理由は変わっていないか。競合は価格、商品力、納期、対応力のどこで攻めているのか。自社には、その売上を取りにいくだけの人員、育成、仕入れ、資金の余力があるのか。

 

予測財務諸表を作るときの勘所は、いきなり数字を入れないことにあります。先に市場、顧客、競合、自社の状態を見て、そのうえで売上、粗利、人件費、在庫、資金繰りに落としていく。現場の変化を踏まえて数字を置くからこそ、「この売上目標は強すぎる」「ここは人が足りない」「この時期に在庫が膨らむ」といった判断材料が見えてきます。

 

売上が伸びる前に、資金が詰まる会社がある

私が中小企業の現場で怖いと思うのは、売上計画が外れることだけではありません。むしろ、売上を伸ばそうとした結果、先に資金が苦しくなる会社を見てきたことです。

 

売上は結果です。その前には、売上を生むための動きがあります。仕入れを増やす。在庫を持つ。人を採る。外注を使う。広告を打つ。設備を入れる。どれも成長のための先行的な活動です。

 

ただ、その多くは、売上が立つ前にお金が出ていく動きでもあります。支払いは先に来て、入金はあとになる。月末には給料も外注費も家賃も出ていき、売掛金の回収が翌月、翌々月になる会社であれば、売上が増えた瞬間に運転資金も膨らみます。

 

ここを見落とすと、利益が出る計画なのに現金が足りない、ということが起こります。帳簿上は黒字に見える。受注もある。社長も社員も頑張っている。それでも、通帳の残高が先に薄くなる。経営が追い込まれていく会社の流れを見ていると、この怖さは机上の話では済まされません。

 

だから、予測財務諸表では損益だけでなく、運転資金の動きを見ておきたいのです。いつ、仕入れがどれくらい増えるのか。売掛金は何カ月後に回収されるのか。在庫はどの時期に膨らむのか。人件費や外注費はいつ増えるのか。その結果、何月に資金が薄くなりそうなのか。

 

ここまで見えていれば、銀行への相談も後手に回りにくくなります。資金が足りなくなってから慌てて説明するのではなく、「この成長計画では、この時期に運転資金が必要になります」と前もって話せる。そうすれば銀行から見ても、行き当たりばったりの資金相談とは受け止め方が変わります。

 

予測財務諸表は、一度作って終わりではありません。実際には、売上、粗利、採用、在庫、入金、外注費のどこかで、予定どおりに進まないことのほうが多いかもしれません。

 

ただ、予測があるからこそ、何を読み違え、どこを修正すべきかが見えてきます。そのズレを次の計画に反映していくことで、会社全体のPDCAがようやく回り始めます。

 

小さな会社にとっての予測財務諸表は、売上目標を経営の現実に引き戻し、会社が本当にその道を進めるのかを確かめるための仮説です。

 

数字をきれいに並べることより、社長の見立てを外に出し、実績との差から次の判断を磨いていく。小さな会社の予測財務諸表は、そのくらいの使い方から始めるほうが経営に馴染みやすいと私は見ています。

 

青木 永一

著者プロフィール

青木 永一|ベルロジック株式会社 代表取締役

経営学修士(MBA)。事業者向け金融の実務経験をもとに、
中小企業の経営改善、事業再生、管理会計導入、組織づくりを支援。
財務・法務の視点を活かし、経営者の意思決定を支える。